東京地方裁判所 昭和28年(行)10号 判決 1958年3月29日
原告 ローランド・ゾンダーホフ
被告 大蔵大臣
主文
本件訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、原告の申立
被告が、別紙物件目録記載の物件につき、昭和二十八年三月十二日午後二時、これを競売に付した処分は、これを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。
との判決を求める。
第二、被告の申立
(本案前)
本件訴を却下する。
(本案について)
原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求める。
第三、原告の主張
一、原告はドイツ国の国籍を有する者であり、千九百二十九年(昭和四年)来日し、別紙物件目録記載の物件(以下本件物件という)を含む財産を日本において所有していたものであるが、第二次大戦終了後日本を占領していた連合国最高司令官によつて非難すべきドイツ人と認定され、千九百四十七年(昭和二十二年)二月四日本件物件を含む原告の財産は右連合国最高司令官によつて押収されてしまつた。
二、その後日本国との平和条約の発効に伴い、同条約第二十条により日本国は、千九百四十五年のベルリン会議の議事の議定書に基きドイツ財産を処分する権利を有する諸国が決定した又は決定する日本国にあるドイツ財産の処分を確実にするために、すべての必要な措置をとり、これらの財産の最終的処分が行われるまで、その保存及び管理について責任を負うことになつたので、右条約の義務を履行するため、ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く連合国財産及びドイツ財産関係諸命令の措置に関する法律(昭和二十七年四月二十三日法律第九十五号)が制定され、従前施行されていたドイツ財産管理令(昭和二十五年八月四日政令第二百五十二号)を一部改正して法律としての効力を認めることとなり被告が日本国内にあるドイツ財産の保存管理にあたつていた。
三、ところが被告は三国委員会の要請により昭和二十八年三月十二日本件物件を競売した。
四、しかしながら被告の右処分は次の理由により違法である。
(一) 平和条約第二十条にいう千九百四十五年のベルリン会議の議事の議定書によれば、日本にあるドイツ財産の処分権はドイツに対する戦争に参加した連合国諸国に与えられているのであつて、アメリカ合衆国、グレイトブリテン及び北部アイルランド連合王国及びフランス(以下米英仏三国という)に限定してこれを与えた根拠はない。しかるに平和条約第二十条の義務を履行するために制定されたドイツ財産管理令は米英仏三国の決定にしたがつて日本にあるドイツ財産を管理処分することとなつている。そうするとドイツ財産管理令は平和条約及び憲法第九十八条に違反する無効な法律であるから右法律に基いてなされた被告の本件競売は違法である。
(二) 仮りにドイツ財産管理令が有効適法であり、米英仏三国が在日ドイツ財産の処分権を有するとしても、平和条約第二十条は権利国が国際法上適法な処分をなすことを前提として規定されたものと解すべきであるから、同条にいう「必要な措置」及び「保存管理」は国際法上の私有財産不可侵の原則に違反する没収に等しい処分を予想するものではないと解すべきであり、したがつてドイツ財産管理令にいう財産の管理処分も没収のような処分を予想するものではない。しかるに米英仏三国の要請に基き被告のなした本件処分は何らの補償を伴わず原告の所有権を喪失させるものであるから没収と同視すべきものであり、平和条約第二十条、ドイツ財産管理令に違反する違法な処分である。
(三) また被告の本件処分は、正当な補償もなく、正当な手続に基かず原告の所有権を奪つたものであるから憲法第二十九条に違反する違法な処分である。
五、なお原告所有の本件物件は、前述のように連合国最高司令官によつて押収され、日本政府がその保管の責任を負つていたもので、被告の本件処分によつて原告は本件物件の所有権を失つたものと解すべきであるが、仮りにドイツ在外財産委員会の決定にしたがつて連合国最高司令官が本件物件につきなした処分が押収でなく没収であつたとしても、右処分はヘーグ陸戦条約第四十六条第二項に違反する無効の処分であるから、右処分によつては原告の本件物件についての所有権は失われず、被告のなした本件処分によつて所有権を失うにいたつたものである。
六、よつて被告のなした本件競売処分の取消を求めるため本訴に及んだ。
第四、被告の主張
(本案前の主張)
千九百五十二年五月二十六日、米英仏とドイツ連邦共和国との間に締結された「戦争及び占領から生じた事柄の解決に関する条約」第三条第一項によれば「連邦共和国は、賠償又は返還の目的のため、又は戦争状態の結果として、或いは三国と他の連合国、中立国又はドイツ国の旧連合国との間に締結された又は締結される協定に基いて接収されたドイツ在外財産又はその他の財産につきとられた又はとられる措置に対し将来異議を申立てないものとする」と規定されており、又同条約第三条第三項によれば「この条文第一項第二項に述べた措置に基いて財産の権利を取得し又は移転した者を相手方として又国際機関外国政府あるいはかかる機関又は政府の指図により行動した者を相手方として請求又は訴訟を行うことは許されない」と規定されている。右規定は、米英仏三国がドイツ在外財産について決定した処分を確実にするために設けられたものであるから、右の請求又は訴訟をすることを否定されたものはドイツ政府のみならずドイツ在外財産につき権利を有していたドイツ人個人も含まれることは同条約の解釈上疑を容れないところである。そしてドイツ政府がかかる条約を締結した以上ドイツ人個人も右条約の効力をうけこれに拘束されることはいうまでもない。したがつてドイツ人である原告も右条約第三条第三項により本件競売処分につき日本政府を相手方として訴訟を行う権利を有しないものである。
一方昭和二十七年四月二十八日連合国と日本国との間に締結された「日本国との平和条約」第二十条によれば「日本国は、千九百四十五年のベルリン会議の議事の議定書に基きドイツ財産を処分する権利を有する諸国が決定した又は決定する日本国にあるドイツ財産の処分を確実にするために、すべての必要な措置をとりこれらの財産の最終的処分が行われるまで、その保存及び管理について責任を負う」ことになつているのであつて、この条約上の義務は日本が国家として負う義務であつて、日本国の機関である裁判所も、もとよりこれを尊重し遵守しなければならない。したがつて日本の裁判所は右条約上の義務として米英仏の決定したドイツ財産の処分を確実にするために必要である限りにおいては、ドイツ財産の処分に関する訴訟についてその裁判権に何らかの影響をうけることも否定できない。
ところで前述のとおりドイツ人は、ドイツ在外財産について、日本政府を相手方として訴訟を行うことは許されないのであるから、日本の裁判所としても前記日本国との平和条約第二十条の義務としてドイツ人が右のような訴訟を行うことを許すべきではないといわなければならない。
したがつて原告の本訴請求は不適法であるから却下されるべきである。
(本案についての主張)
一、原告主張事実第一ないし第三項は認めるが第四、第五項は争う。
二、被告は原告主張のような法令の根拠に基き原告の財産を管理していたところ、昭和二十七年十二月五日附書簡をもつて米英仏三国大使からそれぞれ外務大臣宛に「フランス、連合王国及び合衆国は千九百四十五年のベルリン会議の議事の議定書に基いてドイツ財産を処分する権利を有する諸国として日本国にあるドイツ財産の管理及び処分を指示する権利を有する三国委員会を設立した旨の通知があり、次いで三国委員会より本件物件を売却すべき旨の要請が日本政府に対してなされたので、ドイツ財産管理令第十一条に基き、被告は三国委員会の承認をえた売却手続にしたがい昭和二十八年三月十二日これを競売したのである。
三、本件競売処分には原告主張のような違法はない。
(一) 原告は米英仏三国が在日ドイツ財産の処分に関し権限を有することは条約上の根拠を欠き、条約上の義務の履行を目的として制定されたドイツ財産管理令は根拠なき立法であり、したがつて同法に基く本件競売処分は違法であると主張する。しかしながら千九百四十五年八月一日調印されたベルリン会議の議事の議定書によれば、米英仏及びソヴイエト社会主議共和国連邦(以下ソヴイエト又はソ国という)の軍司令官をもつて管理理事会を構成すること、ドイツ国に対する戦争に参加した連合国の管理下にいまだあらざるドイツ財産に関してはその管理及び処分権を行使するため適切な措置が管理理事会によりとらるべきことが規定され、これらの規定に基いて管理理事会が制定したドイツ管理理事会法第五号及び同法により設立されたドイツ在外財産委員会が制定した規則第一号により、一定範ちゆうに属する者の所有又は支配するドイツ在外財産は米英仏ソ四国の代表者で構成されるドイツ在外財産委員会に帰属する旨が規定されたのである。ところが他面ソヴイエト政府は賠償に属する請求権であつてドイツ国の西部占領地域内にあるドイツ企業の株式及びドイツ国の東部占領地域内にあるドイツ企業の株式及びブルガリヤ国、フインランド国、ハンガリー国、ルーマニヤ国及びオーストリヤ国の東部にあるドイツ在外財産を除いて、一切のドイツ在外財産に対するものを抛棄しているから、在日ドイツ財産については、ソヴイエトはベルリン会議の議事の議定書に基いて在日ドイツ財産を処分する権利を有する諸国より除外され結局右諸国とは米英仏三国を指すと解される。けだし米英仏ソ四国で構成される管理理事会がドイツ在外財産について管理処分権を有するとしたのは賠償請求権を確保するためであるから、ソヴイエトが在日ドイツ財産に対する賠償請求権を抛棄した以上、在日ドイツ財産についてはソヴイエトはもはやこれに対する管理処分権を喪失したと解するのが相当であるからである。
したがつて米英仏三国によつて在日ドイツ財産の管理及び処分を指示する権利を有するものとして設立された三国委員会は、平和条約第二十条によつて日本政府に対して指示する権限を有し、この指示にしたがい、同条約上の義務を履行するため制定されたドイツ財産管理令に基いてなされた被告の本件競売は適法である。
(二) 原告はドイツ財産管理令にいわゆるドイツ財産の管理又は処分は競売処分のごとき没収と異らない処分を予想していないと主張する。
しかしながら、在日ドイツ財産の米英仏三国への帰属が国際法の原則に反するかどうかは別として、平和条約第二十条にいわゆるドイツ財産の処分のうちに売却処分が含まれることは論なきところである。このことは日本政府が同条項に基いて負担した義務内容について米英仏各国大使と外務大臣との間に交換された書簡により明らかである。すなわち、それによれば(イ)日本国にあるすべてのドイツ財産を発見、保存、保護すること、(ロ)これらの財産が清算されるまでそれを管理保全すること、(ハ)三国委員会の発する指示にしたがつてこれらの財産をなるべく速かに清算すること、(ニ)清算の売上金を三国委員会に引渡すこと、(ホ)必要な場合には三国委員会の決定に国内法上の効果を与えること、(ヘ)ドイツ財産の清算から生ずる外貨売上金の一切を日本国の外国為替の施行から免除することになつている。
したがつてこれら条約上の義務を履行するため制定されたドイツ財産管理令にいわゆる処分も売却処分を包含する趣旨であることは多言を要しない。
(三) 原告は本件処分は憲法第二十九条に違反するから違法であると主張する。
しかしながら平和条約第二十条に基く日本国の条約上の義務内容は、既述のようにベルリン会議の議事の議定書に基き在日ドイツ財産を処分する権利を有する米英仏三国が決定するドイツ財産の処分を確実にするために、すべての必要な措置をとりこれらの財産の最終的処分が行われるまでその保存及び管理をすることで、本件について言えば三国委員会の指示にしたがつて本件財産を売却する手続を実施し、その売却代金を三国委員会に引渡すことに過ぎない。ドイツ在外財産がドイツ在外財産委員会に帰属する旨の法を制定したのは管理理事会であり、また昭和二十四年十月十三日附をもつて原告を非難すべきドイツ人の類別に属する者と認定し、本件物件が米英仏三国に帰属する旨の宣言をしたのも右三国の受託者としての連合国最高司令官であつて日本政府の関与するところではない。したがつて被告のなした本件競売処分が憲法第二十九条に違反し正当な補償もなく原告の所有権を奪つた違法な処分であるとの非難は全く当らない。
四、原告の本件物件についての所有権は被告の本件競売処分によつて失われたのではなく、管理理事会が制定したドイツ管理理事会法第五号及び同法により設立されたドイツ在外財産委員会規則第一号によつて、昭和二十一年五月十日ドイツ在外財産委員会に帰属することによつて失われたものである。
米英仏三国のなした本件没収は国際法の原則に違反しない。
(一) ヘーグの陸戦法規は、戦争の継続を前提とするものであるから、これをもつて終戦後講和のため占領の時期においてなされた本件没収を律するのは妥当でない。
(二) なお、私有財産はこれを没収することをえずとの国際法の原則が存在することは否定されないが、第一次大戦後のヴエルサイユ条約以来右原則は敗戦国民の在外財産に対しては適用されず、それは賠償の一部として戦勝国の留置清算の対象とされ、戦争終結に伴う敗戦国民の在外財産に対する戦勝国の措置として近年広く国際的に認められ実行されているところである。したがつて一定の範ちゆうのドイツ在外財産はドイツ在外財産委員会に帰属するものとし、ドイツ在外財産委員会は当該財産を清算することができる旨を定めた前記管理理事会法第五号及びドイツ在外財産委員会規則第一号は少くとも二十世紀においては確立された国際法の原則に反するものとはいえない。
第五、被告の本案前の主張に対する原告の反駁
米、英、仏三国とドイツ連邦共和国との間に締結された「戦争及び占領から生じた事柄の解決に関する条約」が直接に締約国の国民を拘束するというためには締約国の国内法によつて条約に国内法令の効力を与える旨の規定があるか又は新にかかる規定を設ける必要がある。ところでドイツ連邦共和国憲法第二十三条には「一般的な国際法規は連邦法の構成部分とする。一般的な国際法規は法律に優先する効力を有し連邦領土の住民に対して直接に権利義務を生じさせる」との規定はあるけれども、前記条約は一般的な国際法規と解することのできないものであるから、ドイツ国民を直接に拘束せず、したがつて原告も右条約に拘束されないのであり、平和条約第二十条の義務も国際法の許容する事項に止るべきは当然であるからこれをもつて裁判権の不存在を示す根拠とはなりえないものである。
また外国人は原則としてその国の国民と同様の取扱をうけることが国際慣例となつているから、ドイツ国民である原告もまた日本国憲法第三十二条による権利を奪われることはない。
第六、証拠<省略>
理由
一、日本国との平和条約(以下平和条約という)第二十条に基き日本国の負う義務について
(一) 日本国との平和条約第二十条により、日本国は、千九百四十五年のベルリン会議の議事の議定書に基きドイツ財産を処分する権利を有する諸国が決定した又は決定する日本国にあるドイツ財産の処分を確実にするために、すべての必要な措置をとる義務のあることは明らかである。
(二) そして成立につき争のない乙第三号証、原本の存在及び成立につき争のない乙第四号証の一、二、鑑定人横田喜三郎の鑑定の結果及び同榎本重治の鑑定の結果の一部によれば、
(1) 平和条約第二十条にいう千九百四十五年のベルリン会議の議事の議定書に基きドイツ財産を処分する権利を有する諸国とは、平和条約の正文たる英語、フランス語から日本国にあるドイツ財産を処分する権利を有する諸国と解せられること
(2) 千九百四十五年のベルリン会議の議事の議定書によれば在外ドイツ財産の管理処分権は管理理事会に与えられており、このことは管理理事会に代表を送つている米英仏ソ四国が右財産の管理処分権を有することを意味すること
(3) ソヴイエトは賠償に属する請求権であつてドイツ国の西部占領地域内にあるドイツ企業の株式及びドイツ国の東部占領地域内にあるドイツ企業の株式及びブルガリヤ国、フインランド国、ハンガリヤ国、ルーマニヤ国及びオーストリヤ国の東部にあるドイツ在外財産を除いて一切のドイツ在外財産に対するものを抛棄したため、在日ドイツ財産の処分権を失つたこと
が認められ、右認定を動かすに足る証拠はない。そうすると平和条約第二十条にいう千九百四十五年のベルリン会議の議事の議定書に基きドイツ財産を処分する権利を有する諸国とは米英仏三国を指すことは明らかである。
(三) したがつて平和条約第二十条に基き、日本国は米英仏三国が在日ドイツ財産につき決定した又は決定する処分を確実にするために、すべての必要な措置をとる義務があることとなるわけである。
二、「戦争及び占領から生じた事柄の解決に関する条約」と平和条約との関係について
(一) ところが成立につき争のない乙第十号証の一によれば、千九百五十四年十月二十三日米英仏とドイツ連邦共和国との間に締結された「戦争及び占領から生じた事柄の解決に関する条約」第六章第三条第一項により、連邦共和国は、賠償又は、返還の目的のため、又は戦争状態の結果として、或いは三国と他の連合国、中立国又はドイツ国の旧連合国との間に締結された又は締結される協定に基いて接収されたドイツ在外財産又はその他の財産につきとられた又はとられる措置に対し将来異議を申立てられないものとされ、また同条第三項によりこの条文第一項第二項に述べた措置に基いて財産の権利を取得し又は移転した者を相手方として又国際機関、外国政府あるいはかかる機関又は政府の指図により行動した者を相手方として請求又は訴訟を行うことは許されないとされたことが認められる。
(二) しかしながら条約は原則として締約当事国以外の国家を拘束しないから、右条約は直接には日本国を拘束しないことは明らかであるが、右条約は米英仏が在日ドイツ財産を含めてドイツ在外財産につきなした処分を確実にするために特にとつた措置と考えられるから、前記条約がドイツ連邦共和国の国内法としての効力を生じてドイツ人個人を拘束するにいたつたかどうかにかかわらず、平和条約第二十条に基き前認定のような義務を負担している日本国としては右義務を履行するに当つて前記条約の存在することを承認しその趣旨に則つて行動すべきものと解すべきである。
(三) ところで前記条約は米英仏三国が接収されたドイツ在外財産についてなした処分については、その処分を確実にするために、右処分及びその処分に関しとられた措置について、ドイツ政府のみならずドイツ在外財産につき権利を有していたドイツ人個人も訴訟をもつて争うことを許されないこととする趣旨であると解されるから、日本国は右条約の趣旨により米英仏三国が在日ドイツ財産につきなした処分又は右処分に基いてとられた日本政府の措置についてはドイツ人に対し訴訟をもつて争うことを許すべきではないといわなければならない。
三、三国委員会の権限と本件処分について
(一) ところで原告がドイツ国の国籍を有する者で千九百二十九年(昭和四年)来日し、本件物件を含む財産を所有していたところ、第二次大戦終了後日本を占領していた連合国最高司令官は原告を非難すべきドイツ人と認定し千九百四十七年(昭和二十二年)二月四日本件物件を含む原告の財産を押収し、その後平和条約の発効に伴い被告が本件物件の保存管理にあたつていたところ、三国委員会の指示に基き昭和二十八年三月十二日本件物件を競売したことは当事者間に争がない。
(二) 成立につき争のない乙第一号証の一によれば、平和条約発効後米英仏三国は在日ドイツ財産の管理処分につき日本政府に対し指示する権限を有する機関として三国委員会を設立したことが認められる。そうすると三国委員会が在日ドイツ財産に関し日本政府に対しなす指示は米英仏三国が在日ドイツ財産につきなす処分というべきであるから、本件物件につき三国委員会がなした売却の指示は米英仏三国が在日ドイツ財産につきなした処分であり、右指示に基き被告がなした本件競売は右処分を確実ならしめるための日本政府の措置と言うべきである。
四、本件競売処分に関する裁判所の権限
したがつて日本国は、平和条約第二十条により負う義務として、三国委員会が本件財産につきなした売却の指示及び右指示に基いて被告がなした本件競売処分については、ドイツ人である原告に対し訴訟をもつて争うことを許すべきではないといわなければならない。そうすると日本国の国家機関である裁判所は原告に対し右のような事項については裁判する権限を有しないものといわなければならない。鑑定人榎本重治の鑑定の結果中右認定に反する部分は採用できない。
原告は、日本国憲法第三十二条に基き本件につき裁判を受ける権利を奪われないと主張しているけれども、同条は日本の裁判所が裁判する権限を有する事項については何人も裁判を受ける権利を奪われないことを保障するものであつて、本件のように日本の裁判所が裁判をする権限を有しない事項についてまで裁判を受ける権利を保障したものではないから、原告の右主張は理由がない。
五、結論
そうすると裁判所は本件について裁判する権限を有しないから、本件訴は不適法である。よつてこれを却下することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 石田哲一 地京武人 越山安久)
(別紙目録省略)